【徹底解説】なぜNFLは史上初のブラジル開幕戦を実施するのか?

2025年9月6日、サンパウロの「アレーナ・コリンチャンス」にて、NFL史上初めてとなる米国外でのシーズン開幕戦が行われます。 対戦カードは、スーパーボウル王者カンザスシティ・チーフスと宿敵ロサンゼルス・チャージャーズ。 これは単なる開幕戦の一試合ではありません。 NFLが掲げる「世界戦略」の象徴であり、2,300億ドル規模の巨大産業が南米市場を攻略するための大いなる布石となると言われています。 本稿では、この歴史的試合をビジネスとマーケティングの視点からご紹介していきます。 経済効果、スポンサー戦略、放映権ビジネス、デジタル施策、そして長期的な南米市場開拓まで、NFLの世界戦略を学んでいきます。
NFLが感じたアメリカ市場の限界
世界最強リーグの見えた「天井」
NFLは2024年、リーグ全体で約230億ドル(約3.5兆円)の収益を上げました。
これは北米スポーツにおける頂点です。
テレビ放映権はCBS、NBC、FOX、ESPN、Amazonと契約し、2033年までに総額1000億ドル以上を見込んでいます。
しかし、米国内市場だけでは限界があることは明らかです。
人口増加が鈍化する米国では、新規ファンの開拓余地は小さく、NFLがさらに成長を目指すのであれば、「海外展開」は必要な選択肢となります。
NFLの国際戦略の歩み
NFLの国際戦略は1990年代から始まっていました。
ロンドンでの定期開催、メキシコシティでの試合、中国市場へのアプローチなど定期的に「海外展開」は行われていました。
しかし、これまでの試合はあくまで「特別イベント」であり、シーズン開幕戦の国外開催は前例がありませんでした。
そのような中で、今回のブラジル開幕戦は、NFLが国際展開の「本気度」を示す転換点と言えます。
なぜNFLの開幕戦が「ブラジル」なのか
理由①:新興市場としての魅力
特に、以下の3点がブラジルの魅力と考えられています。
- 人口2億人超の巨大市場
- 若年層人口が多く、米国型スポーツへの関心が拡大
- サッカー文化が根強いが、アメリカンフットボールのファンダムは世界第2位規模(米国外で)とされる
さらに、ブラジル国内には推定3000万人規模のNFLファンが存在すると言われ、既にSNS上では米国に次ぐ反応を示しているという点もあります。
理由②:2024年初開催の成功
NFLは2024年に初めてサンパウロでプレシーズン的な位置づけの試合を開催しました。
その経済効果は約6,100万ドル(約95億円)にものぼったとも言われています。
このような成功が地元政府の積極的な誘致につながり、今年の「開幕戦招致」に至ったのではないでしょうか。
理由③:サンパウロの都市力
会場となる「アレーナ・コリンチャンス」は2014年W杯、2016年五輪の会場にもなっています。
そのため、世界水準の施設であり、NFLとしても信頼性が高いのではないでしょうか。
また、サンパウロは南米最大の商業都市であり、空港やホテルなどインフラも充実しています。
さらに、商業都市ということから、スポンサー誘致にも最適な都市力があります。
NFLのマーケティング戦略
Global Markets Program(GMP)
NFLは全32チームに「国際マーケティング権」を付与しています。
カンザスシティ・チーフスはメキシコ、ドイツ、アイルランド、英国など7カ国をカバーし、世界戦略の先頭を走るチームです。
今回のブラジルもその一環ということになります。
デジタル先行戦略
YouTubeが公式配信パートナーとなり、ブラジル戦を世界中で無料配信することになっています。
これは、アメリカのビデオ・オン・デマンド・サービスであるPeacockなど有料配信モデルからの転換となり、より多くの新規ファン獲得を狙ったものです。
なお、SNS上では「@NFLBrasil」アカウントが急伸しており、試合関連投稿は数百万エンゲージメントを獲得。
ファン体験の設計
開幕戦に先立ち、「Chiefs House Brazil」と銘打ったファンハブをサンパウロ市内に開設しました。
パブリックビューイング、公式グッズ販売、音楽イベントを組み合わせ、「NFLを一日体験できる場」を作ったのです。
これは、単なる試合観戦にとどまらず、ライフスタイル・ブランドとしてのNFLを浸透させる狙いがあります。
ブラジル開幕戦における「経済インパクトとスポンサーシップ」
現地経済への効果
試合開催に伴い、ホテル・飲食・交通などで1試合あたり100億円規模の経済効果が見込まれています。
NFLとはいえ、サッカー以外のスポーツでこれほどの影響力を持つイベントは稀です。
スポンサーの動向
以下のような動きや効果が現れています。
- グローバルブランド:コカコーラ、Visa、ペプシなど、すでにNFLと契約している企業が現地でもマーケティング展開。
- ローカル企業:ブラジルの通信大手や食品メーカーがスポンサーに加わり、「地元×グローバル」のシナジーを形成。
- VIPホスピタリティ:ゴルフのライダーカップやF1と同様、企業接待需要が高く、プレミアム席は即完売。
メディア権益
NFLはブラジル最大のメディア企業Globoと複数年契約を締結しました。
テレビ放映と配信の両軸で普及を狙っており、特に「無料地上波での露出+YouTubeでの拡散」という二重戦略は、従来の北米モデルにはなかった挑戦となっており、その結果が期待されています。
スター選手とポップカルチャーによる効果
トラヴィス・ケルシーの影響力
テイラー・スウィフトとの交際・婚約で一気にファン層を超えた認知度となったケルシー。
従来のスポーツファン層を超えて「ポップカルチャー」と融合することで影響力がさらに増しました。
ブラジル開幕戦でもケルシーの登場が現地メディアで大々的に取り上げられ、NFLブランドを一気に浸透させています。
「NFLの顔」であるパトリック・マホームズ
2度のMVP、3度のスーパーボウル制覇を誇るマホームズは、ブラジルでもNFLの広告塔となりました。
ナイキやOakleyなどスポンサー契約が現地展開され、若年層の憧れとして機能しています。
ブラジル開催の課題とリスク
インフラ面の問題
チーム宿泊先がスタジアムから車で2時間かかるなど、移動の負担が大きいことが問題になっています。
スタジアム周辺を含めた街づくりの課題が残されています。
また、初年度は芝生の品質が批判され、NFLが50万ドルを投じて改修しました。
しかし、今後もこのような環境を維持できるかの保証はありません。
「定着」することの難しさ
「ブラジル=サッカー」と言われるほどサッカー文化が圧倒的なブラジルで、アメフトを「第二の国民的スポーツ」にするのは容易ではありません。
継続開催しない限り、イベントが一過性で終わるリスクがあるため、国民を動かす圧倒的な成果が求められています。
長期戦略としての南米市場
恒常的な開催へ
NFLはブラジル政府との間で年間1〜2試合の恒久開催契約を模索しています。
成功すれば、サッカー以外のスポーツイベントとしては異例の「毎年恒例行事」となります。
フラッグフットボールとの連携
NFLはIOCと連携し、フラッグフットボールを2028年ロサンゼルス五輪の正式種目に採用しました。
ブラジルでの普及活動を強化することで、草の根からのファン育成を狙っています。
ブラジルから南米全域へ
アルゼンチン、チリ、コロンビアなどでも潜在的NFLファン層が存在すると言われています。
南米最大の都市サンパウロがあるブラジルをハブに、「NFL南米ネットワーク」の形成が展望されています。
NFLの挑戦は「スポーツリーグの未来の姿」
今回のブラジル開幕戦は、「スポーツリーグが未開拓市場をどう攻略するか」 という実験にもなり、世界のスポーツビジネスにとってのモデルケースでもあります。
- 飽和した国内市場を超え、新興国へ進出する成長戦略
- デジタル配信と無料放送を組み合わせた新しい放映モデル
- グローバルブランドとローカルスポンサーのハイブリッド活用
- スター選手×ポップカルチャーによる新規層開拓
これらはNFLに限った話ではなく、今後のスポーツビジネスにおける重要な指針となります。
NFLは「アメリカンフットボール」を超え、グローバル・スポーツエンターテインメント企業へとなりつつあります。
その第一歩が、サンパウロでの開幕戦ということでもあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。NFLの開幕戦が史上初のブラジル開催(=アメリカ国外での開催)ということの裏には様々な思惑や期待が入り混じっています。
もちろん試合自体を楽しむことは大事ですが、このような「スポーツビジネス」の観点も知ることで多くの示唆を得られるのではないでしょうか。
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