プロスポーツチームの「DX」事情 ―現場を支えるデジタル革命の事例

近年、プロスポーツチームにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が急速に進んでいます。 例えば、公式アプリやSNS運用、ライブ配信の進化などは、ファンの目に触れやすい部分であるため、多くの方が実感しているところかもしれません。 しかし実際には、もっと地道で、重要なDXが各チームで進行しています。 試合のオペレーション、チケット販売の最適化、選手のコンディション管理、スタジアムの安全管理、スポンサー対応のデータ化など、見えにくい部分こそが今やチームの勝敗や収益にまで影響を与えているのです。 本記事では、あまり表に出てくることのない「DX」にスポットを当て、実際のクラブの取り組みや先進事例を交えながらご紹介していきます。

「ダイナミックプライシング」の導入

プロ野球やJリーグ、Bリーグなどでは、チケット価格に「変動制」を導入するクラブが増えてきました。
これは、航空券やホテル予約などで導入されている「ダイナミックプライシング」の考え方をスポーツに応用したものです。

例えば、Jリーグの川崎フロンターレでは2019年からダイナミックプライシングを導入し、対戦カード、曜日、天気予報、観客動員実績などのデータをもとに、AIが最適なチケット価格を算出する仕組みを導入しています。
人気の試合では価格が高くなり、集客が難しい試合では自動的に価格が下がるようになっており、収益の最大化と来場者数のバランスを図っています。

こうした仕組みの背後には、CRM(顧客管理)システムとの連携もあります。
リピーターの動向、過去の購入履歴、座席の選好、来場頻度などの情報を統合的に管理することで、「誰に」「いつ」「いくらで」売るかを最適化しているのです。

データ×医療×AIの融合

選手のコンディション管理にも、DXの波が確実に押し寄せています。
従来はコーチやトレーナーの「経験と勘」に頼ることが多かったフィジカル管理ですが、今ではそれが「データと予測」に置き換わりつつあります。

例えば、Jリーグの鹿島アントラーズでは、選手にGPSセンサーを装着し、走行距離やスプリント回数、心拍数などのデータをリアルタイムで取得しています。
これにより、練習や試合ごとの負荷を数値化でき、ケガのリスクを事前に察知することが可能になっています。

また、Bリーグのアルバルク東京では、クラウド型のコンディション管理ツールを導入しており、トレーニングデータ、食事、睡眠、メンタルの状態なども一元的に管理しています。
これにより、選手個々の状態をより正確に把握でき、トレーナー、栄養士、メディカルスタッフ、コーチ陣がスムーズに情報を共有できる体制が整っています。

スタジアム運営のスマート化

コロナ禍以降、「非接触型スタジアム」の重要性が高まり、スタジアムオペレーションにおいてもDXが加速しました。
多くの球場やアリーナで、顔認証による入場、電子チケットの普及、キャッシュレス決済、アプリでの飲食注文などが導入されています。

埼玉西武ライオンズの本拠地「ベルーナドーム」では、2021年に顔認証システムを試験導入し、入場ゲートの混雑解消に取り組んでいます。
また、ZOZOマリンスタジアムでは、スマホから事前に飲食を注文し、店舗でスムーズに受け取れる「モバイルオーダー」システムを導入し、来場者の満足度向上につなげています。

また、AIカメラを使って観客の動線や混雑状況をリアルタイムで分析する事例も増えています。
これにより、売店の配置や人員配置、導線設計の見直しが可能になり、「再来場したくなるスタジアム体験」の裏側を支えています。

データでスポンサーへの価値を可視化

スポンサー企業にとって、チームに協賛することがどのように企業価値の向上に寄与しているのかを可視化することは、今や不可欠になりつつあります。
そのため、スポーツチームの営業部門もデジタルの力を活用し始めています。

例えば、Bリーグの琉球ゴールデンキングスでは、スポンサーごとにSNSでの露出量やファンの反応、イベント参加率などを数値化して報告する体制を整えています。
こうした「レポーティングの見える化」により、スポンサーの満足度が高まり、継続率やリピート契約にも良い影響を与えています。

また、東京ヴェルディではスポンサーごとに「KPIレポート」を提供しており、YouTubeでのブランド露出数、ホーム試合での接触回数、SNSフォロワーの反応率などをリアルタイムで提示できるダッシュボードを開発しています。
これにより、「広告枠の販売」から「共創型のパートナーシップ」への転換が進んでいます。

「データ部門」という新たな専門職

このような裏方DXを推進する中で、新たな職種もクラブの中に生まれてきています。
特に注目されているのが、「データアナリスト」や「データエンジニア」などの職種です。

例えば、北海道日本ハムファイターズでは、チーム戦略部門にデータ担当者を配置し、選手の成績や練習データだけでなく、観客動員、グッズ売上、SNS反応などのデータを横断的に分析しています。
これにより、スタジアム演出やキャンペーン施策にも「データの裏付け」がある戦略が可能になっています。

さらに、海外では「パフォーマンスサイエンティスト」と呼ばれる職種も普及しつつあります。
選手のパフォーマンスを向上させるために、理学療法、運動生理学、統計分析、AIアルゴリズムなどを総合的に活用する専門職で、日本でも今後注目される分野になると考えられます。

中小クラブのDX事情

特に地方クラブや規模の小さいチームでは、予算や人材の制約から「やりたくてもできない」状況が続いているのが実情です。

こうしたクラブでは、SaaS型のクラウドサービスや外部のDX支援企業との連携がカギになります。
例えば、J3クラブのカターレ富山では、ファンクラブの運営をクラウド型の会員管理ツールに移行し、紙での手続きや電話対応などの事務コストを約50%削減することに成功しました。

また、大学との産学連携プロジェクトも注目されています。
東北地方のあるクラブでは、地域の工学系大学と協力し、AIを活用した観客行動分析ツールを共同開発しました。
学生にとっては実践の場となり、クラブ側にとっては低コストでDXを推進できるというWin-Winの関係が生まれています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

プロスポーツチームの裏側では、実に多くの場面でデジタル化が進んでいます。
選手、監督、ファンといった「表舞台」の存在だけでなく、運営、管理、分析、営業、医療といった裏方の力が、チーム全体のパフォーマンスとファン体験を大きく左右しているのです。

スポーツ業界の「DX」を知ることで、スポーツを「見る」「応援する」だけでなく、「支える」「設計する」視点を持つことができ新たなキャリアの可能性が広がっていくのではないでしょうか。

プロスポーツチームは、「情熱頼み」の現場から、「データと仕組み」で強さをつくる時代へと変化をしています。
是非スタジアムを訪れたときなど、今回ご紹介したデジタル革命に注目してみてください。


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